オンラインになって、改めて泉教会の特徴は子どもと一緒の礼拝だということが際立ちます。ほとんどの教会のオンライン礼拝は、大人の説教だけです。そういう中で、泉教会はオンラインになっても、通常の子どもと大人の説教を礼拝配信の1時間に収めています。
多くの教会では、おそらく、子どもの礼拝は別々に配信しているのでしょう。それも一つの知恵だと思います。それと比べると、私たちのしていることは融通の利かないやり方に見えるかもしれません。
ここに、こだわりがあります。すなわち、大人は自分の満足だけに説教を聞こうとしてはならないという、こだわりです。自分の満足だけに説教を聞くと、自分がいなくなったら、信仰もそこで終わりです。
しかし、私たちは子どものためにも、説教を聞くのです。一緒に説教を聞くことで、子どもたちはこの話は子どもだけが聞いているのではない、同じ言葉を聞く大人がそばにいる、と感じます。そして、説教を聞く今という「点」から、そばにいる大人への「線」になります。大人がそばにいて同じ言葉を聞くということは、子どもたちに将来への線を引くことになるのです。礼拝堂では、それが当たり前にできていました。しかし今、オンラインだからこそ、それが大事なのです。子どもたちの目に、そばに大人が見えるわけではありません。しかし、礼拝は、子どもだけの礼拝ではない、大人がそばにいると感じる礼拝、ここに教会があるのだと、自然に意識できたとしたら、そこが大事なのです。
私たちは、自分に与えられた信仰を、子どもにゆだねていく祈りの作業が必要です。この信仰を、どうして自分一人で終わらせていいのでしょうか。最後に、次世代にゆだねるという、信仰者としての大仕事があります。それが、子どもだけの礼拝をせず、オンラインでも今まで通り、大人の礼拝の中で子どもの説教もする理由です。子どもたちの名前を呼ぶのも、大人がこの子どもたちに信仰を渡すのだと意識するためで、大人のためにも、子どもの名を読んでいることを覚えてほしいと思います。